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第3話 助けてくれた人の名前

作者: 운디네J
last update 公開日: 2026-10-22 07:31:40

ソユンがつかんだのは、テオの手だった。

彼が身をかがめた。濡れた前髪から水滴が落ちた。

「俺が引き上げた」

ソユンは手に力を込めた。

「水の中からですか?」

テオは少しのあいだ口を閉ざした。答えを変えようと迷っている顔ではなかった。彼女が何を尋ねているのか、今ようやくわかったようだった。

「いや。川岸からだ。誰かが君の腕を押し上げて、俺がつかんだ」

「その人は……」

「橋の下にいた。明かりが消えていて、顔は見えなかった」

ソユンは川のほうを向いた。崩れた欄干の向こうで、人々が松明を振っていた。水上の演奏台は斜めに傾いている。ついさっきまで音楽が流れていた場所から、木がぶつかる音がした。

「ご令嬢」

カシアンが彼女の視線を遮った。

「首を動かせることと、動かしてよいことは別です」

彼はハンカチを差し出した。ソユンが受け取れずにいると、待っていた。水を飲んで震える手でどうにかつまみ取って、初めて手を引いた。

「礼を言うのは、生き延びてからになさい」

言い終わるより先に、また咳が出た。テオが背中を支えた。今度は誰が触れているのかわかっていたのに、体がびくりとした。

彼はすぐに手の力を緩めた。

「抱き上げるよ。いいか?」

ソユンはうなずいた。膝の下に腕が入った。地面から離れた瞬間、思わず彼の服をつかんだ。

「落とさない」

テオが言った。

水の中で聞いた言葉なのか、今初めて聞いた言葉なのかわからなかった。あそこでは、どんな声もまともには聞こえなかった。ただ、その言葉を聞くと、胸に残っていた水が少し抜けるような気がした。

彼女はその肩越しに目を向けた。

アドリアンは水際に膝をつき、子供の顔をのぞき込んでいた。濡れた礼服の上に、子供が吐いた水が流れた。皇太子は何でもないことのように、手の甲で拭った。

イセルは傾いた橋に手を当てていた。指を動かすたび、木材の隙間に青い光がかかった。橋の下の人が抜け出すまで、支えているらしかった。

レオンは人の間に道を作った。持ってきた上着をテオの腕に広げ、ソユンの裸足を隠した。こちらを見ろとも、大丈夫かとも言わなかった。

けれどソユンは、彼が一度唇を噛むのを見た。

濡れた髪の下の顔には、血の気がなかった。

「レオン」

彼はすぐに振り返った。

「あの……スマホじゃなくて、袋を」

ソユンは首に下がっている物に触れた。説明しようとする言葉が、何度も違うほうへそれた。レオンは意味を聞き返さず、緩んだ紐を結び直してくれた。

彼の手も震えていた。

医者はソユンに長く話すことを許さなかった。まぶたを持ち上げ、呼吸を確かめ、上着をもっと持ってくるようにと言った。助けてくれた人のことを聞きたかったが、胸から金属をこするような音がするたび、口を閉じるしかなかった。

皇太子が近づいてきたときには、馬車のドアが開いていた。

「今夜は離宮で休んだほうがよいでしょう」

「家に帰りたいです」

自分でも驚くほど早く出た言葉だった。

あの屋敷を家と呼んだのは初めてだった。母と呼ぶにはためらいのある女が、スープをすくってくれた食卓。名前を書いておかないと忘れてしまいそうな弟。自分のものではないベッド。

今は、そこへ帰りたかった。

アドリアンは彼女を見つめてから、うなずいた。

「医者を同行させましょう」

彼は言い張らなかった。代わりに、隣の侍従へ短く何かを告げた。ソユンの名前が聞こえ、伯爵邸へ先に人を送るようにという指示が続いた。

テオが彼女を座席に横たえた。レオンが向かい側に乗り込んだ。ドアが閉まる前に、カシアンが手を伸ばして戸口を押さえた。

「今日のことは、ご令嬢の不注意として片づけられはしません」

「でも、私が裾を……」

「足を踏み外しただけで、欄干が剥がれ落ちることはありません」

ドアが閉じた。

車輪が動き始めても、その言葉は馬車の中に残っていた。

ソユンは顎の下まで毛布を引き上げた。服が乾き始めると、かえって寒くなった。身を縮める彼女の前で、レオンがガラス瓶をタオルで包んだ。

「手に当てていてください。熱すぎるようでしたら、おっしゃってください」

ソユンは両手で瓶を包んだ。温かかった。そこでようやく、自分の歯がかちかち鳴っていたことに気づいた。

「すごく驚きましたか?」

聞いてから、変な質問だと思った。死にかけたのは自分なのに、人に驚いたかと尋ねるなんて。

レオンは答えなかった。

タオルの端を整えていた手が止まった。

「お嬢様は、いかがですか」

彼は向かいの座席の下から、小さな袋を取り出した。裁縫道具だった。ソユンが見ていることに気づくと、毛布の破れた端を折って内側へ入れた。

「そんなものまで持ち歩いてるんですか?」

「裾を踏まれることがありますので」

普段のエリンのことらしかった。レオンは揺れる馬車の中で針を出す代わりに、蓋を閉じた。ソユンはその小さな箱を見つめた。

その何でもない仕草に、なぜか喉が詰まった。

ソユンはいつも帰り道にも仕事をしていた。移動中に返信し、料理が来る前にファイルを開いた。じっと座っていると、何かを取りこぼす気がした。

今は何もしなくてよかった。濡れた毛布一枚さえ、すぐに直す必要はなかった。

それでも心は休まらなかった。体は生きて帰ってきたのに、ついてこられなかった心だけが、ずっと遠くに残されているようだった。

彼女は瓶を見下ろした。

大丈夫だと言わなければならない気がした。助けてもらった。服を掛けてもらった。こうして家まで送ってもらっている。これ以上、迷惑をかけたくなかった。

けれど口からは、違う言葉が出た。

「水の中で」

レオンが顔を上げた。

「誰も見つからなかったらどうしようって、思ったんです」

自分が誰のことを言っているのか、彼女にもわからなかった。胸に刺青のある男かもしれない。自分がいなくなったことに気づいてくれる、現実の誰かかもしれなかった。

「私一人が消えても、みんな会社に行ったと思ってたら……」

瓶を包む指が痛かった。

ソユンは口を閉じた。顔を上げたら、涙が落ちそうだった。

長い沈黙のあとで、レオンが言った。

「お一人にはしません」

帰る方法を聞きたかった。けれど今は、馬車が揺れるたびに向かいの彼の膝が見えるだけで、息を整えることができた。

ソユンは目を閉じた。

瓶の温もりを逃さないように、両手を少しだけ寄せた。

* * *

伯爵邸に着くと、母が階段を駆け下りてきた。靴もきちんと履いていなかった。ソユンの濡れた髪を見るなり、言葉より先に抱き寄せた。

「エリン」

その名前が肩に触れた。

ソユンはしばらく腕を上げられなかった。それから女の背につかまった。自分の母とは違う香りがした。手が小さくて、背中は思ったより細かった。

「ごめんなさい」

「そんなこと言わないで」

女はさらに強く抱きしめた。

「帰ってきてくれたんだから、それでいいの」

ソユンはその腕の中で、もう一度泣いた。

服を着替え、医者の診察を改めて受けた。弟は部屋に入れず、ドアの前に立っていた。目が合うと顔をしかめた。

「具合が悪いなら、悪いって言ってよ。平気なふりして、また出かけたりしないで」

置いていった皿には、小さく切った梨があった。菓子だと咳が出そうだから取り替えてきたのだと、あとでメイドが教えてくれた。

夜が更けても、ソユンは眠れなかった。

目を閉じると、鼻の中に水が入り込んできた。布団に押さえられた足が、スカートに絡まっているようだった。何度も起き上がり、首に手をやった。

首飾りのように下げていた袋を外し、枕元に置いた。

スマートフォンは静かだった。

「見たよ」

ソユンは画面にささやいた。

「あなたが言ってたもの、見た気がする」

返事はなかった。今度は画面をたたかなかった。

彼女は机に向かい、紙を取り出した。昼間書いた帰り方の隣に、新しい一文を書いた。

〈川で私を助けてくれた人。〉

テオは川岸から引き上げたと言った。だからといって、水に入っていないとは限らなかった。その前に潜り、戻ってきていたのかもしれない。

公爵は濡れた髪をかき上げていた。皇太子は子供を見ていた。魔塔主は橋を支え、レオンはいつの間にかそばにいた。

全員が濡れていた。

ソユンは五つの名前を書いた。

カシアン。アドリアン。テオ。イセル。レオン。

どの名前にも線を引かなかった。

刺青ではなく傷痕だったかもしれない。鍵ではなく、折れ曲がった線だったのかもしれない。けれど、あの腕が体を包んだ瞬間、助かると思ったことだけは確かだった。

その人には、顔を見て礼を言いたかった。

帰るために探さなければならない。それだけでは説明できない気持ちだった。

ノックの音にペンを置いた。レオンかと思ったが、メイドだった。銀の盆に小さな封筒が載っていた。

「ヴァルター公爵邸から、ただいま届きました。お嬢様にだけお渡しするようにと」

ソユンは封筒を開いた。

中には乾かした木片と短い手紙があった。木の片側に、まっすぐな溝が刻まれていた。水の中で折れた部分とは、形が違った。

〈欄干の下で見つかりました。触れずに保管してください。〉

その下に、もう一行あった。

〈あなたが寄りかかる前に、誰かが切り込みを入れていました。〉

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